三沢光晴選手が、高角度バックドロップを受けた後、この世を去った。
プロレス界にとって、かなりの大きな損失であり、
残された『プロレス』という文化自体の存続にも影響を与えるのは間違いない。
ただし、バックドロップを放った斉藤選手、その家族に対する嫌がらせがあったというのは、はなはだ筋違いで、悲しい出来事である。
確かに、原因は彼の放ったバックドロップかもしれないが、
受身をうまくとれたか、また三沢選手の体調が最近悪かったことや、首に有名な古傷があったことも関連しているかもしれない。
そして、リング上で起こる事故は、加害者も被害者もないのが“戦いの掟”だ。
斉藤選手とその家族に嫌がらせをした人は、プロレスの、そして三沢選手のファンでもなんでもない。
三沢選手を好きすぎて、そんな気持ちになったのだ、と多少弁護する人もいるかもしれないが、それでも僕は否定する。それこそ、三沢選手の気持ちを無視する行為であるからだ。
今回のような事故を、レベルは違うが、僕自身が体感している。
10数年前、当時大学のレスリング部だったとき、
国体予選で試合中に頭からまっさかさまに落ちて首の骨を折り、病院に担ぎ込まれた。
幸いにも、頚椎損傷寸前で折れた骨が止まっていて、
ワイヤーで頚椎を巻いて固定し、腰の骨を埋め込む手術をした。
首の前と後ろに数十センチの手術跡は残ったけど、何とか今でも健康に生きている。
半年程入院していたが、対戦相手は見舞いにもこなかったし、謝罪もなかった。
実際に故意にケガをさせようと思ってやったわけじゃないし、恨みもない。
僕が受身をうまくとれなかったのも原因のひとつなのだ。
そんなことで遺恨が発生するようであれば、競技の存在自体がありえなくなる。
ただ正直に言うと・・・
あの時の対戦相手が、見舞いにきてくれたら、うれしかったなあという気持ちは、ありました。
許す・許さないとかではなく、単純に気持ちの問題として。
だから、斉藤選手が翌日の試合で、三沢選手の遺影に向かって、ファンの前で土下座をして謝罪したことは、うがった見方でプロレスのショー的な要素を含んでいたとしても、天国の三沢選手は、絶対にうれしかったと思います。
三沢選手であれば、斉藤選手と家族に嫌がらせをした人に、激怒し、斉藤選手を守るはずです。
起こってしまったことの時計の針を、戻すことはできません。
追悼の気持ちを胸に、三沢選手の人間としての凄みや偉大さを、後世に語り継ぎ、灯の消えかかっている『プロレス』の復興の起爆剤にするくらいのたくましさで、選手・団体・ファン一同、事実を受け止め、乗り越えなければいけません。
あらためて、心から、ご冥福をお祈りいたします。
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